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 聖刻ノ猟手・解説編 その3

 これは、クラウドファンディング企画『聖刻の大地』に掲載された『聖刻ノ猟手』について、その内容から背景設定などを解説するものです。
 まだ始まったばかりですが、お話はひとまずの区切りに向かって動き始めます。
 でもって、ここからがいよいよ解説本編とあいなるわけです。

 砂漠(ゴナ)に分け入り半リーばかり進んだ処、巨岩の折り重なる小山の下に、打ち捨てられた古の都はあった。
 地の底に広がる廃墟には、かつてこの地を闊歩していたであろう古の操兵が、岩と同化したように横たわる。
 あたりを埋め尽くしていた建物は見る影もなく崩れ落ち、どんな風に使われていたのか、得体の知れない装置の類が、そこかしこで埃をかぶる。
 盗人チグリオの案内で、一行はさらにその奥へ。隠された通廊を抜けたその先には、地底に広がる巨大な水道が。

 前回も書きましたが、この遺跡は「誰も知らない」わけではありません。
 ヤカ・カグラの海千山千たちが、街道筋からたった半リーの場所に、こんなにわかりやすい遺跡があることに気づかないはずがないわけです。そもそも、いままで噂や記録がなかったこと自体がおかしい。
 逆に考えてみましょう。
 なにかまずいことがあるから、意図的にこの場所を隠蔽していたのではないか?
 もちろんそんな事情に思い至るほど、イゼーラを始めとする登場人物たちは経験豊富ではありません。もうちょっと年長で、修羅場をくぐってきた人間でもいればよかったのでしょうが、彼らはまだ人間がどんなに複雑なことを考えて、ひねくれたことばっかりしているかということを知らなかったのです。
 もう一歩踏み込んで考えれば、そもそも隠蔽された情報に、なぜチグリオが触れ得たのか。意図的なリークがなされていないか。
 もしここが隠蔽された場所だったとしたら、見張りや入口が塞がれていても不思議ではない。それなのに、実際にはそんな連中も障害物もなかったわけです。
 もちろん、遺跡を本当に誰も知らなかった可能性もありますが、それよりは、誰かがわざとこの状況を作り出したと考える方が自然に思えます。
 まあ実際そうだったんですが。

「おおお、こ、これは!」
 叫んでボルトンが飛び出していく。失った樽の水など、目の前の水量を前にすればどうでもよく思えるほどだ。
 水路を流れる水を見下ろして、巨漢は額をぴしゃりと叩いた。
「しまった! こんなことなら、盥と洗濯板を持ってくるんだった!」
 チグリオはといえば、得意顔かと思いきや、困惑気味に水路を見下ろしている。
「こんな話聞いてないぞ……」
「どうしたの。すごいお宝じゃないか」
 と、不思議そうにイゼーラ。しかしチグリオは、渋面作って首を振る。
「こんなものがあるなんて知れたら、近くの水源組合が乗りこんでくる」
「……確かにそれは厄介だね」
 イゼーラは眉をひそめる。水源組合とえば、水の利権確保のために、操兵を集めて武装している破落戸同然の連中だ。
「いやだが、こんなに街道に近いのに、こんなものが見逃されてるなんてな」
 考え込むチグリオを尻目に、ボルトンは鼻息荒い。
「なんでもいいので、こ、これを早く汲み出しましょう! 操兵の水と、その、洗濯に使ってしまえば、誰にも気づかれませんよ! きっと!」
 イゼーラの向けた黙ってろという目線に、ボルトンはぎゅっと口をつぐんだ。
「とにかく、もう少し探してみよう。聞いた話が本当なら、別に何かあるはずだ」
 シュウマはといえば、狭い通廊を這うようにアーカルマを進ませてきたせいで疲労困憊。ようやく操手槽から降りて、底をつきかけている冷却水の補給に水路へと近づいた。
「あれ?」
 ゆらり。流れとは違う動きを見せる水面に、いささか戸惑う。
「これだ!」
 チグリオの声に、はっとばかりに顔を上げるシュウマ。盗人は遥か奥にいて、そこにある貯水槽を見下ろしている。
「あったぞ、仮面だ! すげえ数だぞ」
 水路に囲まれた深い水底に、妖しい光を放つ無数の面。
 シュウマはその様子を見ようと、チグリオとイゼーラの方に近づこうとする。
 ぱきり。
 自分の踏んだものが、割れた髑髏だと気づいて、シュウマ、思わず足を引く。見回せば、どうしていままで気づかなかったか、ばらばらになった人骨が、床と言わず水路の底と言わず、あたり一面に散らばっている。
「きゃあ!」
 ああまさにその時、絹を引き裂く少女の悲鳴、振り返ったシュウマが目にしたものは、いつの間に潜り込んだか、どこか見覚えのある操兵の影。
『さてさて姫様、あなたに恨みはないが、こちらも仕事、お命頂戴いたしますぞ』
 斧を構え、ユキムに庇われしチキを見下ろすは、いつぞやの夜、アーカルマと仕合った大柄なる操兵だ。

 遺跡には水があふれています。おそらく、この遺跡の水を自由にできるなら、街ひとつ買ってお釣りがくるほどの財産が手にはいるでしょう。
 が、そこには恐るべき罠がありました。水はただの水ではなかったのです。まるで生きているかのように動き回り、侵入者に襲いかかる大量の水。
 切っても叩いてもダメージはなく、高温で蒸発させるか、凍らせるかすればなんとかなるかもしれませんが、そんな芸当が可能な人間は、もちろん一行の中にいるはずもありません。水の動きは素早く、したがって逃げようとしてもおそらく追いつかれ、飲み込まれて一巻の終わりでしょう。
 実際、イゼーラたちもボルトンの機転がなければやられていたわけで、してみると、ここにイゼーラたちをおびき寄せた人間は、一行の誰かを抹殺するのが目的だったと考えていいのかもしれません。
 では、誰を、なんのために?

 可能性として高いのはチキでしょうか。まだここでは明らかにされていませんが、彼女は西のブシャク冠国の王女です。
 王(冠主)家唯一の生き残りであるチキは、国家簒奪を狙う(と言われている)ナージャクにとって邪魔な存在です。
 でも、同時に彼の現在の地位である「摂政」の位を保障している人物でもあるわけです。摂政は、後見人となっている王女がいなければただの人になってしまいますから。
 とすれば、ナージャクの差し金とは考えにくい。

 ここで見方を少し変えてみましょう。
 この遺跡をひそかに管理しているのは水源組合か、それに匹敵する規模の組織とみて間違いないでしょう。例え水源組合以外の何者かがここを最初に発見し、管理し始めたとしても、それを知った水源組合が手を出してこないはずがないからです。
 ヤクザみたいですが、実際そういう連中だと考えていただいて結構です。だいたい命に関わる資源を独占管理している連中です。ろくなもんじゃありません。
 もちろん礼儀正しく、公正な人物が取り仕切っている水源組合もありますが、末端はどれも似たり寄ったりです。それに、組織の利益が絡んだ事柄については、長の人柄がどうだろうと、動きはだいたい決まっています。やるべきことをやらないと、組織の存続が難しくなりますから。
 というわけで、この件の黒幕が水源組合だとすると、話は比較的単純かもしれません。
 チキの存在は、西の大国の勢力がつけいる口実になってしまいます。ですから、水源組合がそれを排除しようとしても不思議ではないでしょう。
 遺跡の中でのことなら、目撃者について心配する必要もありませんし。

 しかし、水源組合とは関係のない組織が動いている可能性も否定することはできません。
 もちろんあくまで可能性の問題で、ここまでの流れでそれを疑う要素はなにもないのですが、ほんの少し気に留めておいても損ではないのではないかと思うわけです。
 そういうことをしかねない連中を、ちょっと列挙してみましょう。
 まず、砂漠に潜んでいる練法師たち。この遺跡がドウシャの水源組合の管理下にないとは思えませんが、なんらかの幻術などを使って気づかれずに遺跡に入り込んでいると考えることもできます。
 実際、ヤカ・カグラ周辺では、近年、練法師の暗躍が疑われています。大抵は上手に偽装されていますが、時々へまをやる人間がいるようで、水源組合もそのことに気づいています。練法師は昔のように力を持っているわけではないので、練法の専門知識を持った小器用な一般人と考えていい状態ですが、いくつか術は使えるので危険な存在ではあります。

 他には、やはり練法師かそれに近い存在が欠かせませんが、そうした連中を取り込んだなんらかの軍事組織の可能性も。練法師が必要な理由は、幻術などでごまかさなければ、軍事衝突が起こりかねないからです。ここで外部から軍事勢力が入ったことが知れると、〈調停会議〉が出てくるので(調停会議については、『中原地誌』をごらんください)。
 ヤカ・カグラ内部に拠点を作ることができれば、その軍事組織は非常に有利な立場になります。この地域には、宿場のもの以外他の軍事組織が存在しないからです。この地域で直接なにか行動を起こさなくても、情報収集や工作活動の拠点や人材を確保しておけることは重要なのです。
 逆言えば、調停会議はそれすら許してないってことなんですが。

 ただし、こうした組織には、イゼーラたちを狙う明確な動機が見えません。というわけで、結局のところ、なんらかの「新事実」が必要になってくるわけですが……。

(続く)

 聖刻ノ猟手・解説編 その5
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