さて、お話はひとまずの大詰めです。大詰めらしく、いろんな設定が明かされます。明かされますが、別に伏線が張られてたわけでもないので、単に「この人たちはこういう人たちです」という紹介程度でしかありませんが。
『因縁深いな、イゼーラ・ユタフ!』
「あんたが勝手に絡んできてるだけだろ。今度はなにさ? またこの髪飾かい?」
斧の操兵(ツァン・バーン)駆る猟手スラックは、イゼーラの持つ〈大力もたらす髪飾〉を争った相手だった。シュウマの居合わせたあの夜のことだ。
『助っ人まで雇って、もうちょっとで嵌められると思ったのに、そこの餓鬼が台無しにしてくれやがった。だが、今回はどうやらこっちにつきがあるようだ。シラドア姫を追って来てみれば、これほどの水源に仮面とは!』
「シラドア姫?」
『この小娘は、西部の大国ブシャク冠国の元王女さ。その女は侍女のアラキア。そいつにもナージャク・ブルナーの名前で賞金がかかってる』
「ナージャク!」
イゼーラとユキム(ヽヽヽ)が同時に叫んだ。
「ナージャクを知っているのですか?」
ユキムの問いに、イゼーラは頷いた。
「父さんの仇! 奴は今どこにいる!」
『知らないのか? ナージャク・ブルナーは、ブシャク冠国の摂政じゃないか』
「逆臣ブルナー! 陛下を謀殺しておきながら、摂政とはぬけぬけと」
美しい顔を歪めて吐き出すユキムを、鼻で笑うスラック。
『それが世の常ってものだろ? おっと』
隙を見てシュウマがアーカルマを起動した途端、ツァン・バーンは斧の切っ先をユキムの胸元に突きつける。
『姫に比べりゃこの女の賞金は端た金。少し手元が狂っても構わない気分だぜ』
かの国は、一介の放浪者にすぎなかったナージャク・ブルナーの手によって乗っ取られてしまっています。王(冠主と呼ばれる)家の人間はチキ改めシラドア姫を除いて全員が謀殺され、ナージャクは正当な支配権を得るために、あえて生かしておいた姫君の摂政となって、身分の問題を解決しています。
名前からも察せられるようにブシャクの王族は西方系の人種ですが、ナージャクは典型的なフェルム人(中原人)の上に、素性もわからない放浪者の出身なので、普通ではどう逆立ちしても支配権は手に入れられないんですね。王族を根絶やしにしても、それだけでは人はついてきてくれないので。官僚にそっぽ向かれたら、どの国でもそうですが、支配者は指一本動かすこともできないわけです。
とはいえ、そこは異常に切れ者のナージャク。巧みに王族のそばに取り入り、次第に信用を得て、彼らの喉元に手がとどくところまで行っちゃったわけです。
そこまでできる人間なので、ナージャクの仕業と気付かれず次々と王族を病死や事故死させ、やはりそれなりの切れ者だったユキム改めアラキアが証拠を掴んだ頃には、生き残りはシラドアひとりになっていたってわけですね。
で、アラキアはシラドアを連れ、協力者を頼って国を脱出したわけですが、それではナージャクが困ります。摂政である以上、その被保護者が不在という事実が明らかになると権力の根拠がなくなっちゃうからです。
というわけで、ナージャクは街道筋の人間に手配書を配って、チキ(とユキム)を捕まえさせようとしているわけですね。
ここで、あえてチキと書いたのは、彼女がブシャクの姫だと知れては困るからです。また、ユキムも同時に捕らえさせようとしているのは、チキの正体を悟らせないためと、事後のシラドア姫のケアのためにアラキアがいてくれた方が楽だからです。
とはいえ、重要なのはシラドアが生きてそばにいることだけなので、ユキムはチキの誘拐犯で、殺しても構わないとかなんとか手配書に書かれているようですが。
ナージャクが直接捕まえに来ないのは、前も書いた通り〈調停会議〉の存在ゆえです。国家権力が、ヤカ・カグラの街道筋に干渉すれば、調停会議によってどんな目にあわされるかわからないので。ナージャクですら恐れる調停会議ってなんなんでしょうね。
一方、スラックという男も相当の食わせ者です。彼は別にナージャクの息のかかった人間ではありません(それと知れたら調停会議が出てくる口実になってしまう)が、自力でこの件の裏を読んでいるんですね。
おそらくは小物に過ぎない人物(だって、イゼーラとたいしたことない聖刻器取り合ってるレベルですぜ)ですが、頭が切れるのだけは間違いないでしょう。
ていうか、身も蓋もない言い方すると、ティンプ・シャローンですよねこいつ。ナージャクと役割を分担してますが(親の仇がナージャクで、権力の走狗がスラック)。
なす術なく手を挙げるシュウマ。その時、チグリオが頓狂な声で叫んだ。
「わ、わっ、なんだ!?」
見れば、生き物が如く盛り上がる水。慌てて逃げ出す盗人を追って、水の塊が轟々と動き出す。さらに水路という水路から溢れた水が、手近な人間や操兵に一斉に襲いかかっていく。
「この水はなんなの!」
進退きわまったイゼーラが叫んだ。
細い通路を走るチグリオが、これ以上ないほど真剣に返す。
「よくわからんが想像はつく! あの量の仮面だろ? 元々、たった一枚で鉄の巨体を動かす代物なんだ。あれが長いこと浸かってたせいで、ここの水になにか変化を引き起こしたんだとしたら?」
「そんなことあるっての?」
「こんな場所に水源や仮面が放置されてきた理由なんて、他に考えられるか?」
皮肉にも、襲い来る水流からチキたちをかばって、ツァン・バーンは水路に引きずり込まれそうになっていた。
『ちっ、ちくしょう!』
シュウマは手を貸そうとするも、アーカルマが引き込まれないようにするので精一杯。視界の端で、荒れ狂う水面を見下ろすボルトンに気づいても、もちろん何もできない。
「なるほど、仮面か! ようし」
言うが早いか、ボルトンは小指に唾をつけ、両耳に突っ込んでから、うねうねと動く水に自分から飛び込むのが見えた。
「な、何してるんだ、あいつ?!」
そう声に出した途端、アーカルマの目の前に、巨大な水柱が立ち上がる。もはやこれまでと目を閉じたシュウマだったが、いくら待っても何も起こらない。
「これで……どう?」
声の方向に全員の視線が集まれば、そこにはとびきり禍々しい光を放つ仮面を掲げ、のんびり立ち泳ぐボルトンの姿。
短い間の後、やんやと響く喝采の声。
「やるじゃん!」
「ただの変なやつじゃなかったんだな!」
「えへへ……やったー! これで、ここの水は使い放題だー!」
イゼーラやチグリオたちの声に、脂下がるボルトン。思わず自分の頭をぽりぽり掻いた。仮面を持っていた方の手で。
さて、やはり前も書きましたが、この遺跡は何者かの管理下にあることは間違いありません。水源組合が絡んでいるのは間違い無いでしょうが、他にも練法師匠合のような非公式の組織が関わっている可能性は否定できません。
だとすれば、この一部始終は誰かが見ていたと考えて間違いないでしょう。そして、その誰かは、かならず後でイゼーラたちに接触してくるはずです。それがどんな形でかは、まだわかりませんが。って大体決めてるけど。
でもって、このエピソードは『聖刻の大地』の世界設定のキモに関わるものでもあります。年代記や1092などに比べてスケールダウンしているはずの世界観ですが、仕掛け的にはそれなりのものを用意したつもりです(世界のおおもとの構造は変わってないので)。
加えて国家間の大戦争なんかも出てきます。俯瞰で戦争を語ることはないと思います(ゲームなら可能か)が、一個人がその中に放り込まれた話でいろいろできるんじゃないかと(ってファーストガンダムだよなそれ)。
本当なら、ここはまずアーカルマとツァン・バーンの大立ち回りがあって然るべきなんですが、なかったのは誌面の都合です。
というか、この聖刻ノ猟手は、狩猟機1092同様に絵物語寄りの構成になるはずでした。そんな感じにできなかったのは、単純なお話にして文章量を削ろうとしたのに、結果的にうまくいかなかったからです。おっかしいなあ、絵の面積もっと大きいはずだったのに。いや、文章量があんなんなっちゃえば、そりゃあなあ。
……ほんと、すいません。
その穴埋めというわけではないのですが、きちんとけりを付けるべく、このお話(聖刻ノ猟手 第1話)の続きをこの場所で公開します。
それほど長い話にはならないと思いますが、この解説で書いたことを含めて、いろいろ風呂敷を広げていく所存です。
よろしくお願いいたします。
命からがら逃げ出した六人と一機は、遺跡を見下ろす岩山の上でようやく一息つく。ツァン・バーンの姿はなかったが、戻って確かめる気にはもちろんならない。
「詳しい話、聞かせてもらえる?」
しかめっ面でユキムに問いただすイゼーラが聞いたのは、西部の大国で起きた謀反劇の一部始終。
さて、これより一行は、この厄介な遺跡を狙う水源組合、そしてスラックの手引きで押し寄せる刺客たち相手に大騒動を繰り広げることになるのだが、それはまた別の機会に。
以上、『聖刻ノ猟手』その序章、一巻の終りと相成りまする。