ヴァ・ガールを預かったものは、騎士の中の騎士と呼ばれる。
この操兵そのものが、この国を象徴するものだからだ。
ひとたびヴァ・ガールを駆れば、そこから先は一私人の責任ではすまされない。
ヴァ・ガールによるすべての行為は、すなわち国家の意思によって行われたものということになる。
たとえ、それが乗り手の独断によってなされたことだとしてもだ。
それゆえに、ヴァ・ガールの操手には他国ではありえないほどに重い責務が課されていた。
その見返りは名誉のみ。そう言ってよかった。
それでもヴァ・ガールの騎士の称号は、この国の操手たちにとって羨望の的だった。
狩猟機(*1)は人の形に近いと言われる。その中でもヴァ・ガールは、巨大な人間が甲胄を着込んでいるという表現がしっくりきた。
乗り手が一流ぞろいとあって、その動きも洗練され、本当にああいう生き物がいるのではないかと思わせるほどだった。
無論、周辺には同程度の戦力を持つ国家がいくつか存在する。
しかし、ヴァ・ガールほどの優美さを誇る操兵を保有するところは、そうはなかった。
これも、この操兵の騎士が特別扱いを受ける理由のひとつかもしれない。
ヴァ・ガールの騎士は、巨神を駆る特別な存在なのだと。
だが、巨神にも例えられるこの操兵が、これまで実際に戦うことはほとんどなかった。
小さな紛争に、極秘裏に駆り出されたことはあった。
どこをどうまちがったか、中央に太いつながりを持つ豪農がこの機体を所有しているため、私的な争い事に持ち出されたこともある。
けれども、このヴァ・ガールが、本来の役目である国家とその信奉する正義のために戦ったことは、数えるほどもなかったのだった。
今回の出動命令も、国境でのこぜりあいの監視と鎮圧が主目的だった。
場合によっては、ヴァ・ガールの甲胄を外し、一般的な原型機(*2)の外見にしなければならないこともあったから、今回はまだいい方なのだが。
目的地は、隣国の森林地帯に接する緩衝帯だった。
この数日、そのあたりで個人所有の操兵が襲われ、何人か犠牲者が出ているという。
そのために、ヴァ・ガール五機を含む十機近い操兵の出動命令はやりすぎとの声も大きかった。
だが、背景にある組織——操兵が絡んだ事件で、なんらかの組織が絡まないことはありえなかった――の規模が見えない以上、警戒してしすぎることはないというのが上の判断のようだった。
実際に現地に出向いてみると、報告があったよりも多くの襲撃が行われていたことは明らかだった。
襲撃の報告をあげているのは、そうすることに利がある連中だけだった。国境付近を操兵で移動する人間の中には、そうすることを知られたくないものが一定数いるということだ。
その数まで含めれば、襲撃の件数は倍近くになるに違いなかった。
ここまでで、すでに報告にない操兵の残骸を三体も発見している。きちんと探せば、さらに数体発見できるかもしれない。
もっとも、今回の主目的は襲撃を行なっている操兵の発見、捕獲だったから、先を急ぐことになった。
発見された一体は、ほんの数刻以内に破壊されたものだとわかったからだった。
件の操兵を捕捉したのは、そこから三リーほど離れた国境の緩衝地帯だった。
驚くべきことに、その機体は感応石(*3)に反応しない細工が施されていた。
一定以上の力を出さなければ、感応石の上に光の点として捉えられないのである。
なるほど、これでいままで襲撃に気づくことができなかった理由がわかった。
とはいえ、こうして目視できる位置まで近づけば、そう簡単に逃しはしない。さいわいにも、周囲にはほぼ隠れる場所のない緩衝地帯の牧草地が広がっている。
いくつか小丘はあるものの、完全に身を隠せるほどではない。
襲われていた隣国の巡察隊のもとに数体をむかわせ、ヴァ・ガールとその騎士たちは尖り頭の狩猟機の追跡にうつった。
見慣れない機体だったが、その動きには侮れないものがあった。
丘や窪地を利用して、たくみに身を隠しながら逃走する尖り頭の操兵は、こちらを一体、また一体と引き離していく。
四リーほど追跡したところで、とうとう残ったのはこの一体だけとなった。
厄介だった。
感応石が使えないも同然の状況では、すぐ近くに見える森の中に逃げ込まれれば、取り逃す可能性が高い。
だが、その心配の必要はなかった。
こちらが最後の一体とわかると、尖り頭は突然足を止め、やおら向かってきたからである。
その時相手の拡声器から聞こえてきたのは、有名なヴァ・ガールと戦えることを嬉しく思っている、というような言葉だった。
剣を合わせてみれば、恐ろしい相手であることがわかった。
見たことのない剣術を使う。
こちらがヴァ・ガールでなければかわしきれなかっただろう一撃が、何度も機体をかすめていった。対してこちらの攻撃は、すべてが余裕でかわされていた。
決着は突然だった。
敵の攻撃をかわして、大きく一歩退いたそのとき、足もとが強くなにかに引っかかる感覚があった。同時にめきめきと音が聞こえ、近くの切り株がめくれ上がるのが見えた。
尖り頭の拡声器から哄笑の声が聞こえた。
どうやら、切り株から伸びた根に足が引っかかったらしい。素早く周囲に目を走らせると、そこかしこに切り株の根元から地面に引きずり出され、輪のようになった根が見えた。
堂々の戦いを所望しているように装って、実際は罠を仕掛けていたらしい。
そう気づいたときには、敵の刃がこちらめがけてまっすぐ突き出されるところだった。
とっさに機体をひねらせ、左腕を犠牲にして剣の方向を変える。
それがせいいっぱいだった。
腕に突き立った剣を奪うか、胴との間にはさんで動けなくするつもりだったが、相手が剣を引き抜くと同時に腕が砕け散っていた。
同時に機体を襲った衝撃に、舌を噛みそうになる。
あれはただの突きに見えて、その実恐るべき破壊力を秘めているようだった。
もはやここまでと覚悟を決め、敵を正面から睨みすえる。
強く動けと念をこめながら、足踏桿を踏み込んだ。
まともに戦うことは無理でも、ここで足止めできれば仲間が追いついてくれるだろう。
感応石には、接近する三体の光が灯っていた。
こちらの執念を感じ取ったか、ヴァ・ガールは残った右腕を突き出し、身を引こうとする尖り頭より一瞬早く組みついていた。
天地が横倒しに傾いていく中、相手の胸が開き、中から黒ずくめの人影が飛び出していくのが見えた。
追いかけようにも、倒れゆく機体の中からではどうにもならなかった。
二体の操兵はもつれあうように倒れ、地面で大きくはずんだ。
衝撃で二体は離れ、ヴァ・ガールは転がるようにして数リートほどの場所に倒れこんだ。
突然目の前が真っ暗になる。映像盤が消えたのだった。
目のあたりに損傷があれば、操兵の急所である仮面も傷ついている可能性があった。仮面がだめになれば、心肺器はたちまち動作を停止する。
だが、座席の下からは、途切れぎみだったがふいごの動く振動が伝わってくる。
そのことに、ほっと胸をなでおろしたのもつかの間、暗い操手槽の中に隙間からまばゆい光がさしこんだ。
尖り頭からのものだった。
ほぼ同時に、轟音と衝撃が襲いかかってきた。
例の尖り頭は、大きな窪地を残して跡形もなく消滅していた。
おそらく、妖術の類が仕掛けられていたのだろう。自然の理に反した術法(*4)の中に、そういったものがあるという話は聞いたことがある。
いずれにせよ、この操兵の後ろに国家かそれに類する組織が存在することは明らかだった。
ヴァ・ガールはといえば、左腕を失った以外奇跡的にも大きな損傷は見当たらなかった。
映像盤が映らなくなったのは一時的なものだったし、全身の骨材が歪んでいたものの、鍛冶師たちの修復作業と操兵自身の治癒能力によって、数日を経ずして正常に戻りつつある。
新しい左腕が作られ、取りつけられたが、なぜかしばらくすると左腕の中央に浅いが大きな亀裂があらわれた。
それは、あのとき尖り頭に剣で貫かれた場所だった。
鍛冶師たちが首をひねりながら新しい別の腕を作ったが、やはり結果はおなじだった。
結局、見た目はともかく、機体の強度にかわりはないという判断で、原因は不明のまま腕はそのままにされることになった。
だが、わかっている。
このヴァ・ガールは、あの操兵との再戦を期しているのだろう。
爆発の直前に逃げ出したあの操手が、おなじ尖り頭を駆ってふたたび目の前にあらわれると確信しているのだ。
この傷は、あの時の屈辱を忘れまいとする、この機体の意思によって生み出されたものに違いない。
そして同時に、自らをあの相手に見つけさせるための目印でもあるのだろう。
《ヴァ・ガール》
西方南部域最大の国家、シャルクの操兵騎士団専用に作られた機体。
象徴的な外見と、抜きんでた能力で知られる強力な操兵である。
この機体に乗ることができるのは騎士団の中でも特別な人間のみで、高い能力と高潔な人格を求められるとされている。されているというのは、実際には高潔さとはほど遠い人間が乗っていたという実例が散見されるためだが、そうした人間が操手だった場合、例外なくずぬけて高い能力の持ち主だったという。
このため、ヴァ・ガールを保有したシャルクの操兵騎士団は、西方南部の歴史上最強ともうたわれている。
もっとも、この騎士団が本格的に戦闘参加したことは数えるほどで、多くは非公式な出撃だったとされる。当時、大国シャルクに戦いを挑む国家は皆無に等しく、騎士団が参加するほどの戦いがなかったことがその主な理由である。
*1 操兵の中でも人間に近い形状をした高級機。
*2 原型機とは操兵の基本型とされる機体のことで、鍛冶組合製の操兵は、どんなに特別な機体であっても原型機をもとにしたものになっている。
*3 古い出自不明の操兵をさしていう。多くは千年以上昔に作られたもの。まれに非常に強力な機体も存在するが、多くはがらくたかそれに類するものである。
*4 練法と呼ばれる秘術のことと思われる。この術は操兵同様に仮面(人間用)を用いて行使されるもので、数々の超自然的な現象を引き起こすことができる。
著:日下部匡俊
原型製作:R-Grey
CG加工:伸童舎
©︎2021 shindosha 聖刻PROJECT