生まれたときからフォン・グリードルは身近にあった。
父親が乗っていたからだ。
父は国の騎士団をあずかる人間だった。
小さく貧しい国だったので、保有している操兵の数はそう多くない。
むしろ、「一般人の協力」による操兵のほうが多いくらいだ。
この国には、なぜか操兵を持っている一般人がいる。
本来操兵というものは、国やそれに近い組織でなければ手に入れられないものなのだが。
この国の守りは、そうした一般の人々にたよっているのが実情なのだ。
とはいえ、一般人にすれば国のことなど知ったことではない。
父は偉大な騎士だった。
操兵の乗り手として、飛び抜けてすぐれていたわけではない。
愛機フォン・グリードルも、特別な力を持っているといったものではない。
それでも、父は偉大な人物だった。
なぜなら、身勝手になりがちな一般の操兵持ちたちをまとめあげ、国の危機をいっさい招かなかったからだ。
後から知ったことだが、危機的状況は常にあった。
南の大国は常にこの国の森林資源を狙っていた。それ以上に、この国に集まる「一般人たち」を取り込もうとしていたようだが。
他の国も含めて、ほとんどなにもないこの国からなにかしらをかすめとるために、いいがかりをつける機会をうかがっていたのだった。
父は、それらをほぼすべて未然に防いできた。
剣も操手としても凡百な腕前でしかなかった父だったが、その機知と築き上げてきた人脈によって、起こり得た紛争をなかったことにしてきたのだ。
そうして、父亡きいま、ついに南の大国はその野心を隠そうともせず、牙をむいて襲いかかってきたのだった。
もちろん直接戦争を仕掛けてきたわけではない。
そうなれば、こんな小さな国などひとたまりもなかったが、名目もなく戦争を仕掛けられるわけもない。
かわりに彼らが選んだのは、各国操兵団対抗の闘技会だった。
操兵を用いた国家対抗の模擬戦といえば聞こえはいいが、事実上の戦争といっていい。
勝っても負けてもいいことはなにもない。
そもそも闘技会の誘いを受けざるをえなかった時点で、こちらにできることはなにもなかったのだが。
なににせよ、正規の騎士団だけでは人数が足りない。闘技会は数週に及ぶ。移動時間を無視しても、その間国境警備や治安維持のための兵力は残しておかなければならない。

協力してくれる一般人を探すため、そういった手合いがたむろする場所を訪ね歩くことになった。
何人か名乗り出てくれたのは、父の名前あってのことだった。
あるいは、父親の名前のもとに騎士団を背負わされた、あわれな娘に同情してのことかもしれないが。
みくびられないように髪を切り、男装して軍服で出歩くことにしてはいるが、女と気づくと好色な目をむけてくるごろつきもすくなくない。
厄介なことに、そういった人間ほど腕がよかったりするから、こちらも実力を示してみせなければならない。
今日、こうして対峙している相手もそうだった。
持ち出してきた操兵は、ひどく手が入っていて、つぎはぎの外見は見た目道化のようだった。
簡単な相手ではないと思ったが、これだけ補修に補修を重ねていれば、機体そのものはぼろぼろだろう。
そう考えて臨んだことがそもそもの間違いだった。
我流で型もなにもなかったが、手強い相手だった。
最初の手合わせで、こちらの繰り出した一撃をぎりぎりまで引きつけてからかわし、体当たりを返してくる。
様子見の攻撃で、引く余地を残していなかったら、初手で押し倒されていたに違いない。あの勢いで倒れていたら、その場で勝負が決していただろう。
半歩引いて体当たりをかわし、かわりに右脚を差し出して相手の脚を引っかける。
たたらを踏んだごろつきの機体は、しかし、驚くべき身軽さでくるりと向きを変え、棍棒のような厚刃の長剣を突き出してきた。
これが牽制であることは明らかだった。
だから、意図して受ける。このフォン・グリードルには儀礼用の外套が取付けられているが、それを利用して胴体からずれた位置に相手の突きを当てさせたのである。
外套に穴が空いたが、かえってそれが相手の腕を絡めとることになった。
一歩踏みこんで、距離を取ろうとするごろつきの操兵に密着すると、同時に相手の顔面に構えた剣の切先を押しあてた。
勝負あったはずだった。
が、次の瞬間、フォン・グリードルは上下がひっくり返った感覚とともに後方へと投げ出されていた。とっさにとらせた受け身のおかげで大きな打撃は受けなかったものの、なにが起きたのかわからず一瞬混乱に陥る。
離れて立つつぎはぎの機体は、勝ち誇ったように笑い声をもらしていた。
脚を振り上げるようにして反動をつけ、機体を引き起こす。無理をかけさせる動きだが、あの相手の前でのろのろしているわけにはいかなかった。
どうやってこちらを吹き飛ばしたのか、まったくわからなかった。
油断ならないどころか、おそろしく危険な相手だったが、ここで引き下がるわけにはいかない。身分を明かしている以上、ここで退けば騎士団の沽券にかかわるからだ。
操縦桿をにぎる手が汗ばむ。
戦いの再開にむけて、つぎの一手を必死で考えていると、突然、相手の機体が笑い声をもらしながら両腕をあげた。まるで降参するかのように。
そのまさかだった。
正直ほっとしていた。
最後にこちらを吹き飛ばしたあの攻撃は、どうやって繰り出されたのか。考えてもまったく見当がつかなかった。
正直、知りたいと思う気持ちはある。
だが、ここで止めておけという内なる声に素直に従うことにした。ここで無理に決着をつけても、いいことはなにもない。
結局、相手の顔を立てて戦いは引き分けということにした。
嫌悪感はあるが、あれは味方に引き入れて損のない相手だ。
操兵を降りてきたごろつきを目にして、萎えそうになる心を奮い立たせる。
父ならば言葉巧みに交渉して、納得させたうえで協力的な態度を引きだせたのだろうが、果たしてそれができるだろうか。
そこで相手の発した言葉は、予想外のものだった。
彼は、このフォン・グリードルが父のものだったことを知っていたのだ。
何度か父の下で戦ったこともあるという。
その口ぶりから完全に信用する気にはなれなかったが、相手の話す内容は、父とそれなりにつきあいがなければわからないことばかりだった。
無礼な態度はいっこうに改まることはなかったが、数の上では騎士団の人間より多い一般人たちが離反せず最後まで従ったのは、この男のおかげと言っても過言ではなかった。
結局、死してなお父に助けられていることを痛感する。あるいは、このフォン・グリードルに父の意思が受け継がれているのではないか。
隣国の都で、無事に終わった闘技会に安堵を覚えながら、最後まで国の旗頭として戦い抜いてくれたこの機体を見上げながら、そんなやくたいもないことを考えるのだった。

 

《フォン・グリードル》
鍛冶組合が製作する八十八の原型機*のひとつ。
このフォン・グリードルは、原型機としては比較的古いものに属するが、傑作機とされており、手堅く安定した能力を高い水準で発揮する。
玄人好みの機体であるため、外見は地味で目立たないものになる傾向が強い。
逆にフォン・グリードルを見つけたら、相応の腕の持ち主が乗っていると考えてよい。これは、この機体が一定以上の技量なしでは満足に扱えないものだからである。
新しい機体のなかには、操手の技量が低くても高い能力を発揮するものも存在するが、フォン・グリードルはそうした特別な仕掛けなしに乗り手の技量が素直に反映する、操兵らしい操兵ともいえる。

 

* 原型機とは操兵の基本型とされる機体のことで、鍛冶組合製の操兵は、どんなに特別な機体であっても原型機をもとにしたものになっている。

 

著:日下部匡俊
原型製作:R-Grey
CG加工:伸童舎
©︎2020 shindosha 聖刻PROJECT

 

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フォン・グリードルはレジン、ホワイトメタルの2種があります。