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 道端に腰掛けて、その若者は地面に唾を吐いた。
「冗談じゃねえや。こっちは食うものにも困ってるってのによ」
 名をフレットという。痩せぎすで小柄、少年といってもいい容貌のその若者は、一般に山師と呼ばれる類の人間だった。この南部の地にあって、いまだ人の手の及ばぬ地に進んで入り、隠されている「かもしれない」財宝を持ち帰り、日々の糧とすることを生業とする人々のことである。
 かもしれない、ということは、つまり、危険な土地や生物をかわし、なんとか目的の地にたどり着いても、そこに価値あるものが存在するとは限らないということだった。そのフレットは、まさにそうした場所に赴いて、完全な空振りののちに、命からがら根拠地であるこのカレグ・カーナの街に帰り着いたところなのだった。
 徒労感に倒れこみそうになりながら、彼が最初に見たのは、街門の前に張り出された「闘技大会」開催の告知だった。そこに書かれた褒賞と、将来的に国家騎士団に登用される可能性に目を走らせたところで、フレットは希望に目を輝かせたものだったが、すぐ後に書かれた但し書きに、その表情は苦笑にかわり、力なく道路の縁石に腰を下ろした次第である。

 操兵を所有し、かつ操手としてしかるべき基準を満たす技量を示すものであること。

 もう一度高札に目をやったフレットは、闘技大会の前にはっきりと「操兵による」との表記があることに気づいて、しかめっ面になった。あんなにはっきり書いてあるものを見落とすとは。
 空腹などとっくに何処かへ行ってしまっていたはずだったが、はっきりと腹がぐうと鳴った。
 うんざり顔で腹をさすりながら、多少なりとも成果があったなら、いまごろ馴染みの酒場で胃袋を満たしていられただろうにとフレットはぼんやり考えた。最初から無茶な話ではあったのだ。話を持ちかけてきた男は、この辺りの山師にはまず見えない風体をしていた。一度も森に分け入ったこともないのではないかと思える身綺麗さに、傷ひとつ見当たらない顔や腕。
 それでも、その男の「儲け話」を信じて、はるばるマネイナ山の中腹に向かい、結局得られたものは熟練山師でも生涯のうち一度お目にかかるかどうかという、山腹で出会った〈亜竜〉と、遺跡の奥に眠っていた〈死操兵〉を目撃するという栄誉だけだった。派手好きな吟遊詩人も演らないような出来過ぎの話に聞こえるだろうが、もちろん彼ら一行にできたことは、荷運びの騾馬と仲間の何人かを犠牲にして、そこから逃れて帰ってくることだけだった。
 本当なら、最初に話を持ってきたあの男を、背中から何度もなまくらな短剣で力一杯何度も刺してやりたいところだが、その本人が真っ先に犠牲になったとあれば、恨みの晴らしようもない。
 思い切り何度か毒づいた後、フレットは立ち上がり、ふらふらと街中に向かって歩き始めた。馴染みの酒場で誰かに奢ってもらうつもりだった。だが、その目論見は酒場に半歩踏み込むかどうかのうちに、粉々に打ち砕かれた。
 彼は、その酒場でのつけを何度も踏み倒していた。そして、酒場の戸口にはそうした情報をすべて頭に叩き込んだ用心棒が立っている。
 つまりまあそういうことだった。
 大きな石ころのような拳固を何発か食らい、腫れ上がった顔で通りにひっくり返ったフレットは、しばらくそうやって仰臥していたが、ややあってのろのろと身体を起こした。
「よう、若いの」
 フレットは、ぼんやりした顔を声の聞こえた方に向けた。
 目に入ってきたのは、山師然とした中年男だった。肩幅はがっしりと広く、身につけた革の短衣は少しきつめのようでぴんと張っている。口髭は濃く、その下には何本かの刀傷とおぼしい筋が縦に走っている。見るからに歴戦の勇士と思えるその男は、酒場の外に置かれた縁台の上から、フレットの方を見下ろしていた。
「話は聞いていたよ。よければ、なにか奢らせてもらえるか?」
 フレットはきょとんとなってその場に座り直した。行き交う人々の視線も気にせず、身を乗り出す。
「奢る? なんで?」
 口もとに傷のある男は、髭の下の口もとを歪めて肩をすくめた。
「見かねて、ってのは理由にならんかね?」
「いやでも……」
 戸惑うフレットに、男は陶製の円筒盃を差し出した。
「ろくに食ってないんだろう? まあ、これでも飲んで落ち着くといい」
 それからフレットは、出された酒杯を飲み干してから、勧められるままに焼いた肉や乾酪などを口の中に放り込んだ。何度かむせながら、残った麺包を飲み込んで、フレットは男に向かって深々と頭を下げた。
「あ、ありがとうございます。このご恩は……」
「でだ、どうだね、ひとつ、仕事を頼まれてくれないか?」
 フレットはきょとんと顔を上げる。
「今度、開催される操兵の闘技大会に、この国も騎士団を派遣することになったのは知っているかい?」
「は、はい、それはもう……」
 さっきまで、件の大会に抱いていた苛立ちや妬みの気持ちなどすっかり忘れて、フレットはこくこくと頷いた。
「そこに出場する連中と契約していてね。彼らの求めに応じて、交渉や物資の調達をやっているんだが、人手が足りないんだ。どうかね、この仕事を手伝ってもらえないだろうか。給金も悪くないし、少なくとも食事には困らないと思う」
「そ、それは——」
 刹那、フレットの頭に疑念が浮かんだ。ついいましがたまで食うにも困っていたのに、突然こんなうまい話が転がり込んでくるなど、めったにあるものではない。なにか裏があるのではないか。
 だが、腹が満たされた幸福感と、捨て鉢な気分が、警戒心を押しやった。亜竜の硫黄臭のする呼気をすぐ間近に感じ、呪いの声とともに闇の奥から姿をあらわした、あの恐怖そのものが形をなしたとしか思えない死操兵を目の当たりにしたにもかかわらず、こうして生還したいまとなっては、どんなことが起きようとも大したことには思えなかったからである。

 髭の男はガルタと名乗った。彼の雇い主は、ゴーラン連合という聞いたこともない国の連中だった。なんでも正式な国家ではなく、今回の闘技大会への出場のために有志が集まって結成されたものなのだという。
 フレットに任された仕事は、そのゴーランの構成員たちのために交渉や物資の調達を行う役目だった。
 ガルタが渉外係と呼んだその仕事は、正直拍子抜けするものだった。警戒するもなにもない。渉外係などと名前の聞こえはいいが、要するに使い走りである。面倒だし、休んでいる暇もないが、それだけのことだった。書付を持って街の商店に行き、商品を受け取ってくる。
 たまに取引先が商品を出し渋ることもあったが、実はそれがフレットの一番得意なことでもあった。相手の弱みを目ざとく見つけ、そこを突いて少し話をする。それでたいていは、いつもより安い価格で「たまたま在庫のあった」品物を手に入れることができた。
 そういった日々を送る中で、フレットは奇妙なことに気づいた。
 ゴーラン連合は「操兵」闘技大会に出場するはずである。それなのに、いままで、操兵にかかわる備品や消耗品を扱ったことは一度もなかった。それどころか、彼らの宿舎で操兵を見たことがない。最初は別の場所に駐機されているのかとも思ったが、それにしても大会を目の前にして、ゴーランの人間が操兵に乗っている様子がないことが不思議で仕方がなかった。
 フレットとゴーラン連合との橋渡しは、主にガルタが担当した。そのため、ゴーランの人間と直接会うことはほぼないと言ってよかった。たまに遠くから、禿頭の巨漢たちを何度か見かけたことがあるくらいで、ちょっと変わっているな程度にしか感じたことはなかったのである。
 それが、その日は珍しくガルタが留守にしていたために、応対に出たのはその禿頭の巨漢の一人だった。
 変わっているどころの話ではなかった。
 まるで身体中を剃り上げたかのように、相手の体毛という体毛が見当たらなかった。剥き卵のように白くつるんとした肌は、まるで油でも染ませて磨き上げたかのようだった。
「どうカ、したカ?」
 微妙に違和感のある発音で相手が尋ねてくる。フレットは大慌てでかぶりを振った。
「い、いえ、なんでも」
「はハ、わたシたちは少々変わっテいるだろウ。まあ、驚クのも無理はなイ」
「い、いえ、失礼を——」
「聞いタのだガ、きミは、きミたちが呼ブ、マネイナの山に行っテ帰ってきタという話だネ?」
 フレットは、一度酒の席でそれまでの出来事をガルタに話したことがあった。
「は、はい、まあ、そうです」
 相手は腕を組み、かすかに首を傾げてじっと上からフレットを見下ろした。
「ふム、妖気にもあテられていなイ。きミは運がいイのだろうナ」
「でしょう? 運の良さという一点においてですが、彼はなかなかお勧めできますよ」
 不意に聞こえた声に、目を見開いてフレットはその方向を見た。そこにいたのは、あの身綺麗な男だった。そんな馬鹿な。確かにあの時、あの男は亜竜の吐炎の中に消えたはずだ。
「あア、面白イ運気を持っていルことは見てすぐにわかっタ」
「では、彼に任せてよろしいでしょうか?」
 巨漢は笑みを浮かべ、大きく頷いた。
「いいとモ。もちろん、最終的な選択肢は彼にあルガ」
「だそうだ。きみはどうだね? 操兵闘技大会に、操手として出場するつもりはあるかい?」
 フレットは突然のことに目を白黒させ、例の男と巨漢の顔を見比べた。
「確か、操手の経験はあると言っていたはずだが? それともあれは嘘かい?」
 男の指摘にフレットはかぶりを振った。
 操兵になら何度か乗ったことがあるし、それで戦ったことも一度や二度ではない。ただ、そのたびに操兵を壊してしまっていたし、無事だった時も、その時の仲間に売り飛ばされてはした金に替えられてしまった。まあ、かりにその操兵が自分のものになっていたとしても、維持することもできずに共倒れが関の山だったろう。
 最初に操兵闘技大会に感じた苛立ちは、操兵には乗れるが、持つことはできない自分へのそれでもあった。
「嘘じゃないさ……だけど」
 男は肩をすくめた。
「じゃあ決まりだ。ま、用意できるのは従兵機までだがね。それでも、操兵なしで大会に出場するわけにもいかないから」
 フレットは、その言葉に引っかかりを感じて、生まれた疑問をそのまま口に出していた。
「操兵なし? まさか、他に操兵がないとか、そういうことでは——」
「よくわかったね! じつは、彼らは操兵を持たない主義でね。まあそれじゃまずいんで、ぼくがこうして斡旋してたってわけなんだ」
 にこにこと答えるその男に、フレットは言葉を失った。
「ああ、名乗り忘れてたね。ぼくの名前はクゥル。もちろん本名じゃないが、本名より通りのいい名前でね。なにはともあれよろしく頼むよ!」
 クゥルと名乗ったその男は、趣味の悪い指輪をじゃらじゃらとはめた指先を伸ばして、フレットに握手を求めてきた。

日下部匡俊

以上、『キリオンの旗手』のタイトルと内容が決まる前に書いてた没原稿に手を加えたものでした。今日のアップが遅れたのはこいつに手を加えていたせいですすいません。一応オチらしきものくらいつけとかないとねえ。ちなみに、こいつは没原稿なので、あの人が闘技大会に絡んでいるかどうかは知りません。もしかしたら、口車に乗せて担ぎ出した連合軍率いて帝都を攻めてるあたりかも。
もう内容的に短編だとこれ入らないんで、こうして日記に載せてるわけですが、なげえよ。