『聖刻シリーズとは』『聖刻日記 #3』などご覧いただければ、この辺のページの内容が多少おわかりいただけるかなと。
あと、聖刻-BEYOND- PV公開中!

これはスタンスの問題なんですが、わたしは異世界といえども、現実と似たような理屈で動いていると考える派です。理由は単純で、その方がデザインしやすいから。あるいはわかりやすいから。
異世界である以上、物理法則から全然違ったっていいわけです。異種族の話なら、思考の方向とか価値観とかまるっきり違ってもいい。全く違う科学とか、どう見ても呪術としか思えない技術とか、そういうの出てきてもちっとも悪くないんですが、いや、でもそれ考えるのも、説明するのも大変じゃないですか。それだけで本何冊か書けちゃうし、書いたからといってそこまでいくとちゃんと付き合ってもらえる可能性が限りなく低くなったり。
してみると、中つ国を創造したトールキン先生はものすごいなあと思うんですが、それでもまるっきり理解の範囲外の存在ってそんないませんでしたもんね。これはやっぱり理解の外にあるものは書きにくいし、書いてもたぶんそんなに楽しくないし(楽しい人もいると思うし、実際そういう著作も散見しますが、いかんせん、大抵そういった本って奇書扱いなんだよなー)、まあ人に見せることを考えるとあの辺がいいバランスだよなーって。

聖刻シリーズに登場する魔法的な術に〈練法〉がありますが、あれなんか極度に体系化された呪術に忍術的要素持ち込んで、TRPG用に整理しつつ小説なんかにも持ち込めるようにしたものです。〈気闘法〉もそうですね。
僧侶の術の〈気功法〉、〈招霊衡法〉は、それだけじゃなんなので、理屈のわからない不思議な術って位置づけのものがあった方がいいかなー(一般的な魔法のような)という位置づけで出しましたが。気功法は中間かな。なので、基本的にこの2つはワースブレイド(と、年代記)のみのものです。1092か群龍伝あたりにそれを匂わせるような描写があったような気がしますが、かの作品に僧侶の術が存在する確証はありません。たぶん存在しないんじゃないかな(仮にかつて存在したとしても、とっくに絶えたとか、そういうの)。少なくとも出てこないことは間違いないでしょう。
でも、魔法的な術とはいえ、一応原理があったり(霊的物質の〈聖霊〉の作用がどうとか)、気分で威力や効果が変わったりすることはありません。もし、矛盾した効果を発揮したような描写があるなら、それは何らかの別要素が絡んだか気のせいです。

こんな感じで、術法(聖刻シリーズ、特にワースブレイドでは練法なんかをひっくるめてこう呼びます)はあくまで人間が超自然現象を利用して作り出した技術体系で、いくつか系統はあるものの基本的な理屈は通っているデザインになっています。
ワースブレイドの社会や地理の設定も、現実の歴史なんかの流れ(歴史そのものではないことに注意)を参考にしています。結構広大な範囲を細かく作りましたが、そのやり方でなければ、もっと大雑把かつ利用しにくいものになったかもしれません。自分でお話を書くときに使えるようにっていうのも、念頭にあったような気がする。それは、実際に小説を書こうっていうより、シナリオ作るときにやりやすいようにってのに近かったですが。

で、最初にサンプルとして作ったアレイ・モア王国から始まって、その周辺国(西方南部諸国)を固め、それを雛形にして西方北部の先進国家群やその周辺地域へと至ったわけですが、始めたときはもちろんここまで広く細かく設定することになるとは思っていませんでした。拡張セット1のあたりからインフレ起こしていたことには気づいてた。

まああれです。こういうやり方が結構有効であるということと、いったん始めると結構大変ってお話でした。
でも楽しいですよ。終わってしまえば。やってる最中は苦しみしかなかったような気がしてなりません。

あ、言語まで踏み込まなかったのは、言語に関する知識が浅かったことと、言語触り始めたらカオスっぷりが等比級数的に拡大していくってのが直感的にわかってたからだと思います。言語面白いけど、トールキン先生級の知識量と能力ないと無理です。たぶん。方言レベルがせいぜいかなあ(TRPG的にも)。

日下部匡俊