聖刻シリーズをご覧になるのが初めての方は、『聖刻シリーズとは』『聖刻日記 #3』などをご一読いただければ幸いです。
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その日、デイルはカレグ・カーナ市を出て、シャルクとの国境近くまで巡察隊の護衛の仕事についていた。
昨今、国境付近で正体不明の操兵の目撃が相次いでいる。従兵機とはいえ、操兵のアー・ハークスを持つデイルに話が回ってきたのは、それが理由だった。
実入りのいい仕事ではなかった。もし、その操兵と戦うはめになったら、修理費で足が出るかもしれない。アー・ハークスが無事で、なんとか儲けが出るというところである。
さすがに断ることも検討したが、なにぶん市長直々の頼みである。ここで拒否すれば、のちのちこの街にも居にくくなるかもしれない。
カレグ・カーナは、デイルのような山師稼業の人間には暮らしやすい場所だった。お尋ね者の賞金首を捕まえたり、人跡未踏の地に眠る古代の財宝を持ち帰ることで活計を立てているような浮き草暮らしには、シャルクやダングス、いや、そうした人間に比較的寛容と言われるデンの空気ですら、息苦しく感じられた。
黙っていれば誰も構ってこない——言い換えれば、弱った人間は見殺しにされかねない——カレグ・カーナは、デイルのような人間にとっては他にかわりのない居心地がいい場所なのだ。

とはいえ、デイルはこの仕事を引き受けたことを心の底から後悔しつつあった。件の操兵に出会ったわけではない。だが、操兵の残骸が、街道の脇にある茂みの奥に隠されていたとなれば話は別だった。それはつい最近破壊されたばかりのように見えた。
見知らぬ機種だった。あるいは、この操兵が、報告されていた正体不明の機体かとも思われたが、確証はなかった。

さして剣の腕のある方ではなかったが、そのデイルにもはっきりと、操兵に残された太刀筋の見事さがわかった。正面から心肺器を一撃で仕留めている。しかも、その直上の操手槽も同時に破壊していた。恐らくは、操兵を止めつつ口封じのために操手を始末した——そんなところだろうか。
もし、これをやった相手に出会ったら……デイルの操るアー・ハークスなど、ひとたまりもないだろう。
件の残骸は狩猟機、それも見たところそれなりに高級な機体のようである。それが一撃だった。不意を打たれたとしても、ここまで見事な攻撃を繰り出せる人間の技量と、機体の能力のほどを考えると、従兵機でしかないアー・ハークスの荷が重いことは明らかだった。

もう調査は十分と考えたのか、騎兵団の団長が出発の合図をよこした。デイルは気が進まなかったが、もちろん引き返すわけにはいかなかった。
やがて、一行はシャルクとの国境付近に達していた。カレビアの紋章が描かれた杭が、国境沿いに打ち込まれているのが見える。そのむこう、緩衝地帯として幅十五リート(一リートは約四メートル)の草地に隔てられた先に、シャルクの国境線があった。
デイルはほうっと息をついた。ここから先は、進路を西に変え、しばらく国境沿いを進むことになる。

先行していた騎兵団の団長たちが、杭を確認して手を振るのが見えた。進めの合図だったが、どういうわけか、それまでいつになく好調だったアー・ハークスが、突然びくとも動かなくなっていた。
映像盤を跳ね上げ、その向こうにある仮面の収まり具合を点検しようとしたデイルは、重い衝撃音とともに機体が揺さぶられるのを感じた。驚いて映像盤を戻すと、前方の視界はもうもうたる粉塵にすっかり霞み、その向こうになにか大きなものがたたずんでいることだけがわかった。ふと気になって膝の間の感応石に目を落とすと、小さな光点が前方に浮かび上がっているのがわかった。倒れている操兵のものではない。
姿ははっきり見えないが、きっとあれが例の操兵を襲った相手なのだろう。デイルは直感的にそう判断していた。前に進んでいなくてよかった。さもなければ、アー・ハークスはあれに巻き込まれていたに違いない。
だが、このままでは、どちらにしろ黙ってやられるのを待つ以外にはなかった。祈りを込めて、デイルはもう一度足踏桿を踏んだ。心肺器が唸りを上げ、機体が身じろぎする。

その刹那、まるで狙いすましたように、一陣の風が宙に漂う塵を吹き払っていった。映像盤の向こうに姿を見せたのは、尖った三角帽のような兜が目を引く灰色の狩猟機だった。だが、デイルはその姿に既視感を覚えていた。
どうしても思い出せなかったが、あの姿をどこかで見た記憶がある。あれは、いつ、どこだったか。
同時に、アー・ハークスのそばにいた騎兵たちが、鬨の声をあげて突進していった。
最初から備えていただけはあって、彼らはすでに弩弓を構え、操兵の顔に向けて白粉弾を放っている。顔面に当たれば一番だが、その近くに当たっても撒き散らされた白粉がその視界を塞いでくれるはずだった。

だが。
灰色の狩猟機は慌てず騒がず、引き抜いた剣で飛来する白粉弾を軽々と撃ち払い、返す一閃で向かってくる騎兵たちを押し倒した。幅広の長剣をあえて刃を立てて振るい、巻き起こした風圧を相手に叩きつけたのである。
さすがにアー・ハークスはその程度では姿勢を崩さなかったものの、その動きだけで相手の技量がどれほどのものかおおよその察しがついた。
勝ち目がない。
視界が塞がれた状態なら、いちかばちかで槍を構えて突進を試みるつもりだったが、おそらく仮に目が見えなくてもデイルの攻撃など余裕でかわされたに違いない。
操縦桿を握る手に、じっとりと汗がにじんだ。
映像盤の向こうで、尖り帽子の下から覗く眼がこちらに向けられるのがわかった。アー・ハークスも、まるでそれがわかったかのように、勝手に重心を後方へ移していく。
だが、デイルはそれを押しとどめるために機体を前傾させた。ここで逃げ出しても背後から致命傷を食うだけだ。道の脇の茂みは密生し過ぎていて、飛び込んだとしても擱座するのがせいぜいだろう。たとえやられることがわかっていても、向かっていく以外生き残れそうな方法は思いつかなかった。

自らを勇気づけるかのように気合いを発してから、デイルは足踏桿を深く踏み込もうとした。
その時だった。感応石の上に、いっせいに明るい光点がいくつもあらわれた。方向は例の国境の杭の向こう。球体の上を移動する速度からみて、全力で疾走しているらしい。
ほどなく、いくつもの重量物が地面を踏みしめる騒音とともに、蒸気をまとった巨人武者たちが何体も姿をあらわした。
シャルクの操兵だった。名をヴァ・ガール。南部地方最強を謳われる機体である。当然、それを駆る操手たちも中途半端な腕ではない。それが五体。
デイルがふたたび視線を戻すと、例の尖り帽子は、すでに茂みの向こうに身を躍らせていた。いかな達人でも、あの数の精鋭狩猟機にはかなわないと踏んだのだろう。
不意に途切れた緊張に、デイルは脱力して座席の上に身を深く沈み込ませていた。蝋のように真っ白の顔には引きつった笑いが浮かび、操縦桿を握る手は自力で放すことができなかった。

単なる護衛にすぎないデイルには、それ以上の面倒ごとはなかった。
姿をあらわしたシャルクの騎士たちは、彼らもまたあの灰色の操兵を追っていたと生き残りの騎兵たちに告げると、それ以上何も言わずにその場を立ち去っていった。
厳密に言えば、彼らの行為は明らかな国境侵犯なのだが、それを指摘できる気力は現場の人間に残ってはいなかったし、なにより彼らは命の恩人だった。その気なら、証拠隠滅のためにデイルたちを抹殺することも可能だったと思えば、余計なことを口にしてことを荒立てる必要もなかったわけだが。

なんてことをですね、丸一日かかって書いてたわけですよ! バカみたいですね、ええ。なんでこんなものを書いてたかといえば、西村さんからかっこいい写真をいただいてですね、どうせ載っけるならなんかお話くっつけようって考えたからなんですが、なんでこんなに長くなるのか! ていうかスクロールしないと写真見えないじゃん!

……どっとはらい。

日下部匡俊

あ、デイルは確かロートと戦うまでバイン見たことなかったような気がするんで、当然ですがこいつはあり得ない話なんですよね。とかなんとか言いながら、バインにギの面影を感じながら思い出せないっていう。なんだこいつ(笑)